約 5,047,815 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/723.html
上がる緞帳──あるいは初日その一 “鳳凰カップ”初日を迎えるこの日。前々からの準備が奏功したのか 単に運勢が良かったのか、あるいはフェレンツェめの手引きなのか。 ともあれ、私と梓……クララのHVIFは、会場前の大群衆を後目に 悠々と会場へ入る事が出来た。無論神姫素体のロッテとアルマもだ。 背後には休日繁忙期のアキバも比較にならない、異様な行列がある。 「ううむ、実際に訪れるのは初めてだが……物凄い人の群れだな」 「マイスター……これ全部“鳳凰カップ”のお客様なんですか?」 「その表現は正しくないなアルマや。こういう時は“参加者”だ」 「……皆で群体となってイベントを構成し、成功に導くんだよ?」 「その為には何よりも、精一杯楽しんじゃうのがいいですのっ♪」 私と梓の二人は、予め製作した自前のトータルコーディネイトで望む。 アルマとロッテはその土台となった、神姫用ドレス一式を纏っている。 全て開催期間に販売する量産型“Electro Lolita”……“フィオラ”の 見本を兼ねた人間用の装備一式、及び展示用リミテッドバージョンだ。 今回、我がMMSショップ“ALChemist”は企業ブースへと参加している。 「お?おい、あの女の子達見てみろよ。妙に気合入ってるぜ……!」 「あれってさ。アキバのよ……もとい少女店長さんじゃないっけ?」 「そういや企業ブースに来るんだよな……ちょっと見に行こうかっ」 ……一瞬不埒な声が聞こえた気もするが、ここは聞き流すぞ。有無。 出店でのほぼ唯一の売り物が“フィオラ”である。無論、普段通りの 営業……“Electro Lolita”の装飾品販売や受注も欠かす気はない。 但しあくまでも今回のメインが此方である以上、宣伝行為は大事だ。 そこで、販売員たる私及びアルマ……そしてバトルカップへ出場する ロッテに私の全権代理人として登録されている梓を、広告塔とした。 事前に人間サイズバージョンの試着人を確保出来た事も、大きいな。 「まずまずの感触だな。サイトでの告知だけでは、こうはいかん」 「うんと……でも、あたしはまだちょっと気恥ずかしいですねえ」 「大丈夫ですの、アルマお姉ちゃん♪“神姫”らしく堂々とっ!」 「ヴィネットさんにキツく言われない様、気を引き締めるんだよ」 そう。何分鳳条院グループ主催とあって、規模は“祭典”に匹敵する。 一説に依れば、年二回のそれと被らない様にこの時期を選んだそうだ。 英断は構わぬのだが、それは反面“誰が来るか分からない”事になる。 リカルドめから来る様な話は聞いていないが、油断等してはいられん! “妹達”のみならず私も自然と、小柄な躯が引き締まっていく想いだ。 「さて、梓や。私とアルマは一足先にブースに行っている。頼むぞ」 「分かったよお姉ちゃん。リーグ登録が終わったら、連絡するもん」 「じゃあ、頑張ってきてくださいね?ロッテちゃんと梓ちゃんッ!」 「はいですの~♪マイスター達も、お店頑張ってくださいですのっ」 誘導路の分岐点で、私と梓は一度別れた。彼女の手には私のトランク。 “Valkyrja”を初めとした軽量装備のロッテを公正に審査してもらい、 ブロック分けを受けねばならぬ。こればっかりは、裏工作ではダメだ。 フェレンツェめからは『HVIFは審査の項目に無い』と聞いていた。 装備も通常のレギュレーション範囲内に収めてある。後は運任せだな。 「さてと。前日に全員HVIFを使ってくれた御陰で、準備は楽だ」 「じゃあマイスター、あたしは自分の“舞台”をセットしますね?」 「ああ、ここはアルマの晴れ舞台でもあるのだ。悔いの無い様にな」 神姫素体で来ているアルマは、接客にも一定の限度が存在している。 ならば彼女の役は何か?それは、日頃の成果を皆に見せる事なのだ。 剣舞や軽いテンポのダンスを趣味・特技とするアルマだが、最近では MMS用アコースティック・ギターの演奏訓練も実に熱心であるな。 ロッテのバイオリンにクララの電子ピアノとでセッションもザラだ。 「なんだか緊張しちゃいます……でも、しっかりしないとっ」 この成果を何かに役立てたい!そう言い出したアルマを、私は認めた。 “フィオラ”の展示も兼ね、彼女にパフォーマンスをさせる事とした。 ミニライブを行い、服の動き易さとアルマの可憐さを同時に披露する。 打算的なのは否定せぬが、アルマが社交的になるのはとても良い事だ。 なので今回は彼女の意思と可能性に、ある種掛けてみる事を決めたッ! 「うむ、展示準備は完了……ステージの方はどうだ、アルマや?」 「えっと……これで完成です。楽屋裏のトランクにも行けます!」 「後は開場を待つばかりだな……む、梓からメールが来た様だッ」 眼鏡のディスプレイに映し出されるのは、ただ一文字……“H”。 梓め、世界一短い手紙ではあるまいに。だが、意味は十分通るぞ。 ともあれ、これで全ての準備は整った……祭りの、始まりだッ!! 「ロッテはHブロックに出場するそうだ。さて、頑張ってくれよ……!」 「あたし達も一生懸命頑張りましょう、マイスター。あ、アナウンスッ」 『只今よりゲート開門いたします!皆様、精一杯楽しみましょう~っ!』 ──────ステージの幕が開いて、皆が舞い踊る時が……来たよ! メインメニューへ戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2854.html
ぶそしき! これから!? 登場神姫紹介 <第0話> ○ヒイロ セイレーン型 呼称:「マスター」 持主:佐伯友大 瞳: 赤 髪: 深紅 近所のおもちゃ屋スターフィールドにて佐伯友大に購入される。 クレイドル付き、ただし武装なしの特価品である。 前のマスターの改造か、非常にパワーの値が高い。 性格は熱血よりと言うよりはバトル脳で少年っぽい。 マスターより、せめてものおしゃれと赤色のマフラーを与えられる。 戦い方はバーサーカーという言葉が相応しい攻撃偏重の猪突猛進ぶりである。 店員神姫 ○アリシア 天使型 神姫センターで働く店員神姫。 天使型らしくまじめで誰にでも丁寧に接し、人当たりが良い。 実はさり気に黒い。 ・・・ ○クラハ セイレーン型BK 呼称:「マスタァ」 持主:羽々辺誠志郎 瞳 :赤 髪 :金 鳥というよりは小鳥のような印象のセイレーン型? 普段、袖が広がった白と青のワンピースと帽子を着用し、鳥を思わせるレッグユニットを装備している。 実は袖に隠れた腕にも武装パーツをつけている。 ちなみに、元々はペットロボットのつもりで購入されたらしい。 素体とコアの組み合わせは純正のものではなく、通常の神姫より小柄である。 ・・・ 店員神姫 ○マリーベル 猫型 おもちゃ屋スターフィールドで働く世にも珍しい? 内気で控えめな猫型。 「……マオ、チャオ?」と彼女を初めて見て反応する客は珍しくない。 案内やプチマスィーンGとの店内清掃などを行っている。 ・・・ ○ハーティア 犬型 マリーベルと同時期におもちゃ屋スターフィールドで働くようになった神姫。 口が悪く一見ぶっきらぼうだが、仕事ぶりは生真面目であり、結構献身的である。 機材整備のプチマシーンGを率いて筐体などの施設管理や修理などを行っている。 時々出かけて―― ・・・ ○セラフィルフィス 悪魔型 おもちゃ屋スターフィールドで働く神姫。 武装神姫が出た初期の頃から稼働している古参であり、店員神姫たちのまとめ役であり、星原店長のパートナーである。 ・・・ <第2話> ○チャオ 猫型 呼称:「マスター」 持主:成行春澄 瞳 :黄緑 髪 :黄緑 性格は、いわゆるマオチャオらしく前向き。 ヒイロとは遊び仲間で友だちである。 実はストリートバトルをふっかけられた挙句、修理に出されるくらいに痛めつけられたことがあり、トラウマになっていた。 またその時に武装が幾つか壊れてしまっている。 代わりにマスターからお手製のクロースアーマーを渡されたが……あまり気に入っていないようである。 トップページ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2231.html
「……おいしい」 こんにちは。武装神姫、犬型ハウリンの凛です。さて私この度、初めて食事とい うものをとる事となりました。 舞達がよく訪れているという『喫茶翠屋』さん。パン屋さんを営む傍らで営業し ている喫茶店らしいのですが、こちらのパンケーキ。ふわふわとした食感がとて も心地好く、口の中に入れた瞬間には圧倒的な存在感を持ちながら、次の瞬間に は消えてしまいそうな儚さ。柔かく広がる甘みは鮮明な印象を残し、あっと言う 間に駆け抜けて行きます。食事という経験が乏しいばかりにうまくこの感動を表 現出来ないのがもどかしくて仕方ありませんが、正に幸せの味、とにかくただた だ『おいしい』のです。 「ホントにどうなってんだ、神姫って?味覚まであるのか?」 「武装神姫、26の秘密のひとつ!なんだって。でもよかったじゃない。一緒に おいしいって言えるでしょー?」 「ふーん。あとの25はなんなんだ?力と技の風車とか?」 夢中になってパンケーキをむさぼる私とヒカリをよそに、隼人と舞はカップを片 手に楽しそうに話しています。 先日の騒動から数日間、隼人は舞達に冷たくあしらわれ続けていました。耐えら れなくなったらしい隼人はとうとう全面的に謝罪し、今日はその御詫びも兼ねて ここ、翠屋で御馳走する事となり訪れた訳なのです。。 そう、先刻まではあんなに不機嫌そうだったのです。それがまぁ、随分楽しそう だ事。って言うか改めて見るとこの二人、意外といい感じなんじゃあないでしょ うか。 「そういやお前、髪伸びたんじゃないのか?」 「でしょー?ちょっと奈々さんのマネしてみようかなーって。あ、でもあたしね 、なんだか髪細いみたいなの。気になってるんだー。さわってみてよ」 「そうか?いいんじゃねーの?綺麗だし」 舞の髪に指を滑らせる隼人。ちょっとなんですか、その雰囲気?また自然に触れ 合うじゃあないですか若い二人が。隼人もさりげなく綺麗とか言っちゃってなん なんですか?私今初食事中なんですけどもう少し関心とか感動とかないんですか なんなんですか? 「相変わらずうらやましいですね~、このラブラブカップルは」 またどこからともなく二人を冷やかす声。そうですか、そんなに私にケンカを売 りたいと。 「はぁ?」 隼人達より先に、私が不機嫌オーラ全開で声に応えます。どこの誰だか知りませ んが、今の私はすこぶる機嫌が悪いですよ? 「ひぅっ!」 視線を泳がせ、あからさまに怯える小柄な少女。初めて見る方ですが、どこのど ちら様でいらっしゃるんでしょう。 「バカ。なんで俺らがらぶらぶしなきゃならんのだ」 「そーだよ、ルナちゃん。いつも言ってるけど、あたしと隼人だよー?そんなの ないってばー」 二人の対応を見るに、どうやら隼人達の知り合いのようです。いぶかし気な視線 を送り続ける私に気付いたのか、舞がルナさんと呼ばれた少女を紹介してくれま した。 「この娘は北斗ルナちゃん。あたし達のクラスメイトで、この翠屋の看板娘なの 」 「へぇ。そうなんですか」 「ご、ごめんなさぃ」 不機嫌な私に余程驚いたのか、おろおろしながら謝罪を述べる彼女。段々気の毒 になってきました。その様子を見るに悪意があった訳ではないようですし、これ は悪い事をしてしまいましたね。 「あの私、なにかしちゃいました……?」 「い、いえいえ!こちらこそすみませんでした」 深々。誠心誠意の座礼で反省の意を表します。私とした事が、隼人達の友人に対 してなんと失礼な事を。 「いぇ、そんな……?」 「こいつは凛。見ての通り俺の神姫だよ」 隼人の紹介を聞くとよくやく安堵したようで、申し訳ない気持ちを引きずる私に 「よろしくね」と柔らかな笑顔を向けてくれました。その後の談笑でもころころ と表情を変え、その度にふわふわ揺れるツインテールが彼女の可愛らしさを際立 たせていました。多少幼く控え目な印象もありますが、穏やかな物腰の優しい方 のようです。 「ぁ、ごめんなさぃ。そろそろ戻らないと」 「お店の手伝い?大変だね」 「うぅん、私もやってて楽しいから。みんなはゆっくりしていってね」 「あ――」 改めて謝罪を述べようとした私を制すると、ルナさんは微笑みながらそっと頭を 撫でてくれました。 「凛さん。またね」 まるで私の気持ちを見透かしたような明るい笑顔。それだけで、暗い気持ちが晴 れていくようでした。 「はい!ありがとうございました」 私達に手を振り、とてとてと店の中へと駆けて行くルナさん。さりげなく伝票を 持って行くあたりも彼女の人柄を表しているのでしょう。 「可愛らしい方ですね」 「ああ、舞とは違って……痛いごめん冗談痛い」 笑顔のまま隼人の足をぐりぐりする舞。怖いです。隼人もどうなるかはわかって いるのですから、余計な事を言わなければいいのに。 「でもいい娘でしょー?ちっちゃくて可愛いし」 「舞!あたしはー?」 「うん、ヒカリも可愛いよ」 「えへへー」 こんな風に過ごす平和な時間。マスターやその友人達と過ごすこんな時間も、私 達神姫にとってとても幸せな事なのです。こうして深められる絆が、苦しい時に 立ち上がる力になるのです。 神姫とマスター、これが私達の日常。少しずつ積み重ねていく日常なのです。 「舞ー!おかわりー!」 「まだ食うのか!?」 「あ、隼人。私もお願いします」
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/341.html
先頭ページへ 住むべき主を無くした廃屋群。 寂れた町にはレンガの破片や風に吹かれたゴミが散乱し、見る者などいないのに信号は虚しく点滅を繰り返す。 ”ゴーストタウン”……そう呼ばれたこの場所は、0と1との信号の上に築かれた仮想現実の町。 そして、本来何者もいない筈のこのフィールドには、今確かに何者かが存在している。 ―――時は西暦2036年。2006年から繋がる当たり前の未来。 そこは、ロボットが日常的に存在する世界。 武装神姫―――彼女達はそう呼ばれている。 人間の手の平に納まる程の小さな身体に人間と同じ魂を持った、機械仕掛けのお姫様。 神姫の容姿は人のそれと全く同じ。それ故に彼女らに色とりどりの衣装を施し愛でる者も多い。 しかし、このフィールドで繰り広げられているものは武装神姫が武装神姫たる由縁そのもの。 仮想・現実問わずに繰り広げられる、弱肉強食実力至上主義、武装神姫の大舞台――― 立ち並ぶ廃屋群の中心部に佇む一層大きな廃屋の屋上、そこに彼女は居た。 ストラーフタイプの武装神姫。しかし、その面影は頭部にしか残されていない。 その黒光りする両腕は華奢な身体と不釣合いな程に巨大で物々しく、その左手には神姫の全長を軽く超える鋼の剣が握られている。 その一方で腰に着けられた紅い装甲は、スカートを模していて外観を損ねていない。 彼女の姿を見て違和感を抱かないものは少数であろう。 彼女が彼女の主から与えられた名前は”ナル”。セカンドリーグの中でもそれなりに名の知れた神姫である。 今、彼女が参加している試合は”サバイバル・バトル”形式。最後の一体になるまで終わる事が無い形式の試合である。 今回参加した神姫はナルを含め24体。試合開始から既に10分が経過しており、残りの神姫は5体減った19体となっていた。 彼女は廃屋の屋上から刻一刻と変化する現状を掌握しようとしている。 もっとも、デフォルトの光センサだけでは不可能だが、追加された超音波センサやドップラー・レーダーなどの計測機器により、 絶対とまではいかないか、それなりに掌握する事が可能となっている。 そして、その情報は神姫の主へも流れている。 「ナル、3時の方向1500sm先の2体の反応。ソレが一番近い」 「了解しました」 ナルの頭に直接、通信が入る。 主の指令を確認するようにドップラー・レーダーを確認する。 確かに指令通りの方角・距離の2体が一番近かった。 そして、その方向へと向き直り廃屋の床を踏みしめ、一気に蹴った。 推進装置の類を一切使わない脚力のみの跳躍。それだけでおよそ100smは進む。しかもほんの一瞬でだ。 一瞬の空中散歩の後、衝撃を分散するよう脚を曲げ、腰を深く落とし着地する。 そして、曲げた脚を再び伸ばして跳躍。 同じ様に跳躍と着地を繰り返して、廃屋から廃屋へとさながら飛ぶ様に目標へと接近して行く。 目標を肉眼で確認できる距離、およそ120smまで近づいた時、ナルは深く腰を沈めて前傾姿勢を取った。 そして、跳躍。ただし、今度の跳躍はただの跳躍ではない。 腰に着けられた装甲に内蔵されたブースター。それを全開にしながら跳んだのだ。 その速度は正に弾丸とも言える速度であり、120smの間を一瞬で縮めるのには充分過ぎる速度だった。 ナルは目前に迫りつつあるターゲットを確認すると、自身の記憶装置に内蔵されたデータと示し合わせる。 2体の神姫はネコ型のマオチャオ、そしてイヌ型のハウリンである事が直ぐに判明した。 2体は見るからに戦闘中であり、両者共に満身創痍と見える。 その証拠に、装甲には所々傷が目立ち、息も上がっている。何よりナルの接近にすら気付いていない。 ナルは腰のブースターを停止した。僅かに速度は下がるが、これまでで充分な加速は付いていた。 その代わりに背部の補助スラスターを少しだけ吹かす。 補助スラスターによって身体は僅かにずれ、ナルはマオチャオの背後へ向かい文字通り突撃した。 マオチャオの背後を掠めるその瞬間、左手に持った剣を大きく薙ぎ、マオチャオの右肩から左腰に向かい袈裟切りにする。 そして、脚を曲げて腰を深く落とし衝撃を分散する様に着地するが、ヒビだらけの道路を粉砕するにはまだまだ充分な破壊力を持っていた。 マオチャオは断末魔というには余りに可愛らしい声を上げ、データの塵へと化して行く。 ナルはそんな事などお構い無しにハウリンへと巨大な砲と化した右腕を向ける。 今の今までただ呆然としていたハウリンはようやく状況を飲み込んだのか、回避しようと右へ跳んだ。 しかし、ナルの右腕から放たれたエネルギーの塊はマオチャオのデータ片を飲み込み、ハウリンの両腿から下を飲み込んだ。 エネルギーの塊はなお突き進み、奥にあった廃屋に激突し衝撃波を伴う爆発を起こした。 腿から下を失ったハウリンはどうする事も出来ずにただ吹き飛ばされる事しか出来なかった。何度も何度も地面を転がった後、ようやく止まる事が出来た。 ハウリンは黒煙に包まれながらもまだ自身が動いている事に安堵した。 それと同時に先刻の事を思い出し、恐怖に身体を震わせた。 そして、自らのマスターへとギプアップの旨を伝える為に通信を開いた。 幸いにも周囲は黒煙に包まれており、視界は0に等しい。 そんな今ならば間に合うかもしれない。あのマオチャオの様な事だけは御免だと、内心焦っていた 「…ご、ご主人様! もう駄目です! 速く、助けてっ―――」 しかし、その願いが聞き届けられる事は無かった。 何故なら、ハウリンは黒煙の中から振り下ろされた剣によって、文字通り両断されてしまったからだ。 ハウリンは双眸の光センサから自身を両断していた剣がゆっくりと引き抜かれていくのを呆然と眺めていた。 ふと、剣の持ち主と目が合った。彼女は眉をぴくりとも動かさずにこちらを見つめている。 「ビームを避けた時の反応、良い反応でした。しかし、その後は無様でしたね。まさに負け犬と言った感じでしたよ?」 薄れ行く意識の中で少しムカっと来た。 「……次は楽しめることを願っていますよ」 しかし、何故だろうか。先程の恐怖感が消えていた。 もっともこの胸のムカつきに掻き消されただけかもしれないが。 断末魔を上げる事無くデータの塵となっていくハウリンを見届けると、ナルは周囲に蔓延する黒煙を払うよう乱暴に剣を大きく薙いだ。 「ご苦労様、ナル」 「ありがとうございます、マスター。…次の目標へ向かいます。指示を」 「……ナル、どうかしたのかい?」 ナルのほんの少しの違和感を感じとったのか、主が優しげに声をかけてきた。 「…いえ、何でもありません。指示をどうぞ」 少し戸惑いながらも、ナルは平静を装い主に言葉を返す。 「今のハウリンだろう?」 「……」 「今のハウリン、確かに反応は良かった。ここまで初期装備で来ただけの事はある。だけど…そこからがお気に召さなかったんだろう? だから柄にも無くあんな毒を吐いた…だろ?」 「マスター……、申し訳ありません」 心を見透かされた様な言葉に驚きを隠しつつ、何と言ったら良いか解らずナルはとりあえず謝ってみた。 「俺もだよ……あのハウリン、伊達に初期装備で修羅場を潜って来た訳じゃない。問題があるとすれば、マスターだな」 まるで自分にも言い聞かせるように主は呟いた。 「次に期待します」 「そうだな、その通りだ。今は試合に集中しよう……っと。ナル、お客さんだ」 主の雰囲気が一瞬で変わった。 先程までの穏やかな声音では無く、突き刺すような鋭い声音。 「……! 確認しました」 ナルもそれに伴い思考回路を切り替え、索敵を行う。 確かに、驚く程では無いがそれなりに近い距離に三つの反応があった。 普段はここで会話は終わるのだが、珍しく主から声がかかってきた。 「……ナル、思う存分大暴れしときな」 「…了解しました」 予想外の言葉に驚きつつ、反応がある背面に向き直る。 反応は少しずつだが確かに近づいて来ている。 恐らく、敵はこちらのセンサーが強化されているのを知らないだろう。 知っていたらジャミングくらいはかけて来ているはずである。 しかし、これから放つ攻撃は並大抵では防ぎきれないので関係無い。 そんな事を考えながら、ナルは腰を落としてブースターを最大出力で点火。真上に向かい跳躍した。 蹴られた地面が砕け散るのを一瞥もせず、只管上空へと跳び上がる。 瞬く間にゴーストタウンを飛びぬけ、神姫が点の様にしか見えない高度まで上昇すると姿勢制御スラスターを吹かして体勢を安定させる。 そして、右腕の高出力粒子砲「銃鋼(ツツガネ)」を構え、エネルギーを充填する。 右腕は唸り声を上げ、神姫の腕より一回り太い砲身の先端に淡い光が集まる。 淡い光は、より低く大きくなっていく唸り声と呼応するように輝きを増していく。 まるで太陽のような極光は、唸り声が最大限に達すると同時に掻き消えた。 不気味な程の静寂。それは正に嵐の前の静けさだった。 「ソイツを使うかい」 ナルは主に言葉ではなく、口の端を軽く吊り上げることで返した。 ナルの持つ最大最高の破壊力が、眼下のゴーストシティに向けて解き放たれた。 ナルの右腕によって放たれた、まるで雨の様な光弾はゴーストタウンを文字通り穴だらけにした。 当然、ナルを除く残っていた全ての神姫は一瞬で破壊され、サバイバル・バトルはナルの優勝と言う形で幕を閉じた。 本来、優勝者である筈のネルとその主は表彰式に出なければならないが、パスした。 当然主催者は困惑したが、賞金と賞品を辞退するという事で渋々ながらも許可してくれた。 通常、サバイバル・バトルは2~3時間程度かかるものだが今回は僅か50分前後で終了。 それに準備時間と表彰式のゴタゴタを含めば、試合開始から約1時間半。太陽はまだ高い。 町並みの中でも一層目立つセカンドリーグ・センター、そこを後にナルとその主は早めの帰路に付いた。 「まさかアレを使うとはなぁ」 「…申し訳ございません」 若干上機嫌な主の言葉を責めと取ったナルは主の大きな手の平の上で本日二度目の謝罪を口にした。 「何も怒ってる訳じゃ無いさ。あのナルがアレを使うほど苛付くなんて珍しいじゃないか」 「……うぅ」 「それに……」 「?」 「いつもシャッキっとしてるナルがガス欠で身動きできない姿なんて中々拝見できないからなぁ」 高出力粒子砲「銃鋼」、その破壊力は確かに秀逸だが、燃費がべらぼうに悪いという欠点を持っている。 その為、最大出力で撃てば追加バッテリーだけでなく、神姫本来のバッテリーを活動限界ギリギリまで食い尽くす。 よって、今のナルは主の言葉どおり頭部しか動かせない省電力モードになっている。 ナルは身動き出来ない身体を主に抱きかかえられているのと、悪戯っぽく見つめられている事からひどく赤面していた。 「ちょっと待てやッ!!」 和気藹々とした雰囲気を打ち壊すような怒号が麗らかな昼下がりの町に響き渡る。 その瞬間、主の気配が先程と180度変わったことにナルは気付いた。 「……何か、御用で?」 ゆっくりと、声の主に振り向きながら主は応えた。 ナルも別段驚きもせずその声の主を確認した。 「何か御用?じゃないわよッ!!」 その声の主は主に比べて、というか一般的な成人男性に比べて小柄な体躯で可愛らしい声の持ち主……つまり、女の子だった。 見た目15.6だろうかとナルは逡巡した。 何か主がこんな女の子に因縁を付けられる様な事があっただろうか? 心当たりが無いといえば嘘になるが、今一番可能性が高い事柄を頭に浮かべ、それが間違っていないだろうと考えた。 その女の子は左手に神姫用カーゴボックスを持っていたのだ。しかも、ご丁寧に緑を主体としたカラーリングで。 「よくもあたしのトロンベをタコにしてくれたわねッ!!」 女の子は左手にもったカーゴボックスを主に突きつけながら咆哮した。 ナルの予想は当たった。トロンベと言うのは真っ二つにしたあのハウリンだろう。 それにしても、この剣幕は鬼気迫るものがある。 「アレは恨みっこ無しの試合だ。それにタイマンだからタコ殴りは誤りだよ、お嬢さん?」 今にも掴みかかってきそうな女の子に比べ、主は飄飄としている。 当然、女の子は顔を真っ赤にながら主に詰め寄ってきた。 その距離は10cmも無く、小柄な女の子は主を少し見上げる形になった。 「もう一度あたしと勝負しなさいッ!!」 「おや、お嬢さんは俺にポイントを稼がせてくれるという訳かい」 「……この…青瓢箪が、言わせておけばッ!!」 遂に堪忍袋の尾が切れたのか、主のこめかみ目掛け右足を振り上げてきた。俗に言うハイキックだ。 神姫であるナルの目から見ても、中々鋭い蹴りだった。素人だったら一撃でダウンしていただろう。 しかし、主はそこまで柔ではない。 「……お嬢さん、熱くなりすぎだ。幾ら負けたのが悔しいからってリアルファイトは頂けない。それじゃあ本当に、負け犬の遠吠えだ」 主は女の子の右足を左手を軽く添える様に受け止めていた。 女の子はよほど自信があったのだろうか、絶句している。 「それに、女の子がそんなはしたないマネをするもんじゃないさ」 そう言うと主は添えていた手を離した。 その瞬間に女の子は飛びのく様に後退った。 「……っ、アンタ名前は!?」 「…倉内 恵太郎」 「あたしは水野アリカッ! 覚えてろよっ!!」 水野アリカと名乗った女の子は踵を返し凄まじい勢いで走っていた。 ナルはふと沸いた疑問を口にした。 「……カーゴボックス、あんなに振り回して大丈夫でしょうか」 「……マズイんじゃない」 先頭ページへ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2629.html
「よろしくお願いします!」 「……よろしく」 フィールドに降り立ったミスズ。バイザーで口元しかわからないが、挨拶を返しくれるスポーツ精神はあるようで、相変わらずの大剣を構えて仁王立ちのイスカ。 ミスズの方は、ヘッドパーツ、胸部アーマーやら脚部にも装甲が付けられていて、背中にはさっき見たのとは違い、ロケットが付いてない機翼。 そして手に持つは両刃の光剣ダブルライトセイバー。なんか、いつも見てるミスズと比べて、ものすごく格好いいな。 ダブルライトセイバーを構えて地を蹴り、イスカに向かうミスズ。 そして、真正面から両者切り結ぶ。 今のところ、イスカはあの大剣しか使ってはいない。ミスズは他にも武装を使うのだろう。でも、火器類はさっきみたいに、あの大剣で防がれるかもしれない。しかも、移動は最小限、武道のような足運び、そして大剣を片手だけで扱い、ミスズのダブルライトセイバーを捌いている。 ダブルライトセイバーを棍のように扱い、中国のアクション映画さながら流れるような攻撃を加えていく。だが、イスカは幅広な大剣を使いそれすらもことごとく往なしていく。 「たぁっ!」 ミスズの気合いの一声。 大剣の間合いから一歩踏み込む。懐に入り込み大剣の刃に触れる寸前まで、身体を押し出し、付けているバイザーごと頭部を刺し貫こうとする。 だが、それも身体を軸足でない方を後ろに滑らし、半身になり大剣で反らすイスカ。 「甘いっ!」 「!?」 反らされた瞬間、ミスズはそのまま受けた反動を利用して、グルンと身体全体を独楽のようにして捻ねった。光学の剣特有の動作音を強く発しながら、エネルギーの刃がイスカに迫る。 ……どうだ!? 「――当てられると思ったんですけどね」 瞬時に間合いから離れたイスカを見て、ミスズが驚いている。 そこには、バイザーが付いてない姿のイスカがいた。空いていた方の手にナイフを持ち、逆手に握っている。 二人がいる奥の方、バイザーはずいぶんと遠くに飛ばされているみたいだ。 とっさの判断でナイフを持ってきて頭部を紙一重でガードはしたが、バイザーに当たりあられもない方向に飛んで行ったということかな。 隠れていた目元、イスカの瞳は真っ赤になっていて、深紅の大剣と相まって、血の色に思えてしまった。……本物の悪魔みたいな、こんな悪魔型もいるのか。周りの悪魔型はもう少し可愛らしいのが多いのに。 「……少しはできる」 顔が若干嬉しそうに見えた。ミスズの事を好敵手と認めたらしい。 そして手に持っていたナイフを腰に仕舞い、大剣を両手で持ち始めるイスカ。ここからは本腰を入れてやるということみたいだ。 「相手も本気みたいだ。あれは二度は通じないだろうからな。とりあえずけん制!」 ミスズの手からは、シンプルなハンドガンが転送されてきて、空中を飛んでつかず離れずの位置でイスカに向け撃ち込む。 「……無駄だ」 しかし、どんな場所からでも、あの大剣で防がれる。 前後左右器用に大剣を使い、死角がないように、鉄壁の防御となっている。よほどの高火力の武装でないとあれを崩すのは難しそうだ。 「……来ないならこっちから行くよ」 大剣を持ったまま移動することが出来るのかと思ったけど、軽々と使っているのだから、移動も支障ないのか。 大剣を後ろに倒し、ミスズに向けて駆けていく。 ミスズの真下の近くまできて、そのまま足を曲げ地面から一気に跳躍。背中に付いたブースターみたいのを補助に使い弾丸のように跳んだ。 「……それ!」 「くぅっ!」 ミスズはあまりの跳躍の速さに回避行動が間に合わず大剣の弾丸が激突する。 持っていたハンドガンは弾き飛ばされ、持ち手と腕を使いダブルライトセイバーで盾にしたが、ミスズ自身も吹き飛ばされる。 イスカは大剣を握り直し、膝を曲げて地面に降り立つ。空中を飛ばれてても、まったく不利にもなってない。素人の僕から見てもすごく強いな。 ミスズは空中のまま木の葉のように翻し態勢を立て直す。 「このままだとやられる。ミスズ、昨日考えたのやるぞ!」 「わかりました!」 来る前に言ってたのかな? 淳平の大きな声に負けない程の声量で答えるミスズ。 光刃を消した柄をを腰のスカートに仕舞い、両手から転送されてきたのは、今度は武骨なサブマシンガンの銃二丁で、強く握りその場からもっと高く飛び上がる。 「よし、弾丸包囲だ。いけ!」 「了解。はぁぁー!」 あれが新戦法とやらなのか、サブマシンガンをイスカに向け乱発しながら、周りを縦横無尽に飛び回っている。 バババっと断続に銃声を轟かせ、空中を駆ける天使。 なるほど。 大剣では一方向しか展開できないとみて、四方八方から銃撃を加える作戦か。淳平のくせによく考えるな。これならもうちょっと学校の勉強とかにも向けて欲しいのだけど。 荒野のステージには、もうもうと土煙が立ち始め、空中を飛んでいるミスズは見えるが、イスカのいる辺りの確認がまったくできない。 サブマシンガンを撃ち切り、両者がいた付近から、できるだけ離れた位置に降り立つミスズ。全力疾走後みたいに、銃を持った両腕をダラリと下げ肩で息している。 「……はぁ……はぁ……どうでしょうか?」 「わからん」 土煙が上がり続けていて、何も反応がない。静寂が場を包む。あんなに撃ち続けていて銃声があったのに、急に静かになるとなにか不安が残る。 煙が少しずつ減ると、周りが確認できてきて……―― 「――カハァッ!」「ミスズ!!」 ミスズは目を見開き顔を苦悶にし、同時に淳平は声を上げた。 煙の風向きが丸まり、目を離した筈はないのに、突然姿を現し疾駆してきた赤目の悪魔。その手に持つのは大剣ではなく、腕部に取り付けた杭打ち機『パイルバンカー』 それをミスズの胸部、正確には鳩尾に重く突き上げていた。ボディーブローのごとく剛腕で打ち、アーマーがあるとはいえ、杭のある腕で殴られたミスズは口から空気しか出せない。 「……楽しかったよ。じゃあね」 瞬間、火花が飛び散り金属製の杭を射出。 貫かれたミスズはなす術もなく、その場の空間から掻き消えていった。 ―――― 「やっぱり、勝てなかったか」「いやでも、初めて大剣以外に使ったのを見たぜ」「ああ、バイザー取っ払った姿も初めてだし」「かなり、善戦した方だよな」「いやー、あんなアホそうな学生がねえ」 観戦していた周りのギャラリーはもう試合はないとみて、感想を口々に出しながら、バラけて行った。 画面を見ていた僕はすぐさま淳平の傍に駆け寄る。 「すいません、マスター。負けてしまいました」 「いいって、いいって。気にすんな……おう! 螢斗」 僕に気が付き、今までミスズをなぐさめていた手を止めて振ってきた。 「はぁ……なんで、勝負しかけたの?」 「だってさ、あんな試合見てたら、挑戦してみたくなるじゃん。やっぱ、まじかで見るとすっげー強いな」 「……。ミスズは、平気? なんともない?」 「はい。大丈夫ですよ。ご心配おかけしました」 「あれ~、お~い」 アホな淳平を放っておいて、僕はミスズが心配になり声をかける。やっぱり電脳空間といえどあんな杭が刺さったら痛いものだろう。あんなの物がリアルバトルなんかで使ってやられたら、絶対に神姫が危ない。最悪、死んでしまうし、武装神姫の世界でも命がけの戦いがあるんだな。 「キミたち、こんにちわ」 と、突然声が聞こえてきた。横から声をかけられたと気付き、僕と淳平は振りかえった。 見れば、向こう側にいたストラーフのオーナーの人が僕たちに挨拶をしてきてくれていた。 「さっきのでかい声にちょっと驚いたけど、結構やれるのにもっと驚いたわ」 嫌味がないように、素直に淳平の事を称賛してくれている。 また勇気と無謀を履き違えた人が申し込んできたと思ったんだろう。実際、僕もミスズはともかく淳平が指示して戦わせる姿が思い浮かばなかったからな。 「でも、ボロ負けだったじゃないすか」 「いいえ、あの突くのを囮にして本命は回転斬りのところ、結構危なかったのよ。私の指示が聞こえてなかったら、イスカは一本とられてたわ」 「え、そっちすか? 俺は弾をばら撒く作戦とか自信あったんすけど」 「あれはだめよ。相手の姿見えなくしたら、次の行動読めなくなるし、現に防ぎきっているのわからなかったでしょ。あと、いくら機動力のあるアーンヴァルでも、大きすぎる動きをしたら次の行動に支障が出るわ。だから大振りなパイルバンカーの攻撃も食らうのよ」 「ははー、なるほど。参考になるっす」 ダメだ。聞いている僕にはついていけない会話だ。バトルの意見交換をされても入り込めない。 でも、僕はこの人に用があって来たんだ。神姫バトルに興奮している場合じゃない。 「あ、あの!」 「ん? ああ。そうだったな。ええと俺は伊野坂 淳平。神姫はミスズ。こいつは長倉 螢斗です。俺の友達なんですけど、実はこいつの用事がおねえさんに会う事だったんですよ。バトルは俺のただの気まぐれで、俺の方はただの付き添いですんで」 「へぇ、私は宮本 凛奈。神姫はイスカね。ちょっと戦いすぎて今はスリープモードになっているけど。で、私に用事って、なにかな?」 違う人という可能性もあったけど名前を聞いて。この人なんだと確信した。単に似ているだけの可能性もたった今消えた。 「あの、……山猫型の神姫をなくしたりしてませんか?」 「もしかして!? あの子のことを知っているの」 「はい。つい最近拾いまして、……僕の神姫になっています」 動揺しているこの人の淡い水色の目を、真っ直ぐに見つめて言う。シオンを追い詰めることをするようには見えないけど、でも彼女は苦しんでたんだ。ちゃんとした神姫オーナーだったら悲しませるような事はしない。 「……そう。あの子……よかった」 でも、この人は僕の神姫になっていたという事に安堵していた。 「なんで!? 元々あなたのでしょ。責任持って神姫を扱ってください!」 「……おい」 「あ……すいません。……失礼な事を言いました」 おもわず声を荒げてしまった。淳平に止められなかったら言いたいこと全部をここでぶちまけていた。 「いえ、私が悪いのだし。あの子だって恨んでいたでしょ?」 「恨んでいるなんて言ってませんでしたし、逆に悲しんでいました。傍にいられなくなる程に。僕の神姫になってくれる了承もしてくれましたけど、まだ引きずっているんです」 「……そう。わかったわ。詳しく話したいのだけど、ここじゃ無理ね。私この後用事があるのよね、携帯のメアド教えてくれる? 後で連絡するから」 「わかりました」 ポケットから携帯を出して、お互いのプロフィールを送受信する。携帯はシンプルでストラップもなにもない。ぼくも、そうなんだけどね。 「あー、おれもしていいっすか?」 頭を掻いてなにやら言いずらそうにしている。まあ、僕のせいで空気が重くなってしまったし、淳平もこの空気を読んでいてくれてたんだろう。 「ふふ。まあ、いいわよ」 「そうっすか!? やったー!」 了承してくれた宮本さんに、淳平はガッツポーズをしてものすごく喜び、すぐさま携帯を取り出して操作している。美少女じゃなくても結局綺麗な女性だったら誰でもいいのか。 そして、胸ポケットには凍えるような瞳をして淳平を見るミスズが。やばいだろ、あの目は。 「あ、それじゃ。そっちの都合でいいので、後ほど連絡を。ほら、行くよ淳平」 「またレクチャーしてくださーい」 僕は危機的状況を理解してない淳平を引っ張って、ゲーセンの出口に向かう。 後ろからは「また、後で」と小さく聞こえ、それに返事をしてその場をあとにした。 前へ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2643.html
「何を考えているんですか!? 神姫持ってないなんて嘘もついて」 「まあ落ち着きたまえ」 「落ち着けないですよ!……あっちは負けてもここを出ればいいのに、こっちは負けたらヤバい仕事を手伝えって言うんですよ。ハイリスク・ノーリターンじゃないですか……悪条件すぎます」 胸ポケットにいるシオンを垣間見る。不安そうな、心配そうな瞳が映る。 ……そうだ。 シオンはまだ一回も勝てていない。 悲しい現実だけどシオンはバトルで勝てない。 これじゃあ、高い確率でこっちの負けじゃないか。 今から僕があの人に誠心誠意謝って許してもらおうか。それか、説得して君島さん自身にやってもらうしか……。 「長倉君は逃げるのかね」 「それ以前に君島さんが原因でしょ!……僕に非難されるいわれは……」 「長倉君はシオンを治す為になんでもやるのだろ? だったら、キミたちが私の代わりに彼とバトルをするのだ。これは私の……『授業』だ」 「ッ!?……わざとこうなるようにしたんですか。ガラの悪い人に喧嘩を売ったのも、この為ですか」 「ふふ、どうだろうな……」 ああ、絶対この人の思惑通りなんだろうな。だからって、これでどうやってシオンのバトル恐怖症を治すんだよ。 僕がすごく危ない立場になっているだけだ。 「シオン君、ちょっと出てきてくれるかな」 「……えっと、なんですか?」 君島さんがポケットから顔を出したシオンに話しかける。 目と目を合わせあう君島さんとシオン。 「シオン君はオーナーの長倉 螢斗君を……好き……いや、愛してるかね?」 「へ、ちょっと、何を……」 「長倉君は黙ってるのだ」 「……はい」 眼光が鋭くなり何も言えなくなった。 君島さんは、シオンに一体何を聞いているんだよ。 訳が分からなくなってきた。 「私は……この感情が人間の持つ好きや愛かどうかはわかりません。私は神姫ですので。……ですけど、螢斗さんは何よりも誰よりも大切なマスターです」 「……ふむ。まあ、よしとしよう」 でも、君島さんはシオンが答えた言葉にまんざらでもなさそうにしている。 シオンの答えに僕が恥ずかしくなっただけでもあるけど。 「次、長倉 螢斗君」 「え! は、はい」 今度は僕か。 何を聞かれるんだろうか。シオンの事かな。 「それでは……長倉 螢斗君は――」 ほら、それでやっぱり「シオンを愛してるかね?」とか聞くんだ。 僕はシオンを家族として愛してる。 ……それが僕の答えだ。 さあ、どこからでも来い! 「健やかなときも、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、そのいのちのかぎり、堅く節操を守ることを誓うかね?」 「――誓いま――って!……なんでですか!? いつからここは結婚式になったんですか!? おかしいでしょ!」 「おっと、言い間違えた」 「間違いようがないですよね! セリフ長かったですよね!」 頭が痛くなってきた。この人は物事を真面目にちゃんと進められないのか。 「ゴホン、改めまして。……長倉 螢斗君、シオンは大事かね?」 あれ? なんだ、そんなことか。 そんなことは決まってる。 「大事です」 君島さんの目を真っ直ぐ見詰めて言い返す。 シオンが一番大事に決まっている。 「ふむ。だったら、あのチンピラと神姫バトルでぶつかってくるのだ。そして……勝ってくるのだよ」 「いやいや! 話が繋がっていませんよ。そもそも現実問題、シオンはバトルで一回も勝てたことないんです。不可能なんですよ」 言うと、シオンは悲しそうな顔になる。 うぅ、正論の筈なのに僕の心がすごく痛くなる。 「これまでは軽い試合だった。だから、キミもシオンも本気になりきれないのだよ。背水の陣で挑めば、おのずと勝ちが見えてくるさ」 「……う……はぁーー、わかりました、わかりましたよ。死ぬ気でやれば勝てるかも、と言いたいことはわかりました。……やろう、シオン」 身体をひるがえして、僕はみんなのいる筐体前へと戻ることにする。 もういい、君島さんなんて知らない。 「……でも、大丈夫ですか、危ないお仕事するんですよね?」 「シオンが負けなければいいさ」 「私が……ですけど……」 シオンが不安そうに言う。わかってるさ。だけど、もうどうしようもない。 主に君島さんのせいで決まってしまったけど、謝ってもバトルすることは覆らない。 そんな気がする。 「もし、負けた時は……負けた時に考えるさ」 ―――― 「お、来やがったか。待ちくたびれたぜ」 筐体に寄りかかって、その男は自販機で買ってきたであろう缶コーヒーを飲んでいた。 淳平たちは無事だ。喧嘩っ早い人ではないらしい。 その淳平が僕の傍まで駆け寄ってきた。 「螢斗だいじょうぶかよ、まじで姉御のかわりにやるのか、勝てんのかよー。俺、螢斗いなくても一生懸命生きていくからなー」 「負ける前提になってる!? ……大丈夫。死ぬ気で戦ってみせれば勝てるって君島さんが言ってたから」 「……でもよ~」 「マスター情けない声出さないでください。螢斗さんとシオンはバトルする決意してるんだから、やらせましょうよ。負けたら……マスターもお仕事付き合いましょう」 「えっ!? それはちょっと……」 「マスター」 「はい、そのつもりです!!」 ミスズがオーナーの淳平をいつもの絶対零度のような眼で睨みつけて、言いなりにさせてしまった。 ……人としてそれはどうなの。 「ミスズ、その気持ちだけ受け取っておくよ。負けたら、僕がすべて請け負うさ」 「そんな!? 螢斗さんは優しすぎます」 シオンに聞こえないように、小声で淳平に伝える。 「もしも、負けたらシオンを頼むよ」 「螢斗~……約束はしねーぞ……それでいいなら」 「うん、それでいいよ。ありがとう」 まあ、本当に負けたくはないんだけどさ、一応最悪のケースの為にそういうのは残しとかないとね。 「んじゃ、とっとと、おっぱじめようぜ。準備は済ませといたから、チビはそっちでやれや」 「はい、よろしくお願いします」 「……けっ……ほら、来い」 「…………」 舌打ちのように口から音を出すと、チンピラさんは自分の神姫を手の平に乗せて、缶コーヒーをごみ箱に捨てた後、筐体の向こう側についた。 「勝てる……戦える……勝てる……戦える……」 極度の緊張でシオンが自己暗示のようにブツブツと何か呟いている。 「僕の心配はしないで」 「勝てる……戦える……でも」 「おもいっきり、バトルしてみるんだ。今までの戦績なんて関係ない。バトル恐怖症も関係ない。夢中になって……バトルを楽しむんだ」 「……はい」 まだ緊張はしてるだろうけど、これでなんとかバトルはできるだろう。 僕は自分たちのブースについて、シオンを送り出す。 僕の命運を決める戦いに。 ―――― 周りは一面の砂。砂。砂。 砂漠のステージになっている。遠くの方に崩れて建っている、原形を留めていないビルがあるだけの簡素なステージ。 私はそこに降り立つ。 左手にフェリス・ファング「フェリスガン」と右手に「ぺネトレートクロー・烈」を持ち、構えながら、相手の方を探してみる。 「私が負けたら、螢斗さんが……」 螢斗さんに聞こえないぐらいの小声で独り言を呟く。 私なんかが、螢斗さんの人生を左右するようなバトルをすることになった。 勝てるのだろうか? でも、勝たないと螢斗さんが……。 チゥン! と、私のヘッドパーツ「フロンタルラウンダ―」に何かが掠った。 『マズイ! シオン、前から来てる!』 私の耳に、螢斗さんの声が聞こえ出した。瞬時に私はその場から駆け出す。 足を止めてたら撃たれる! チゥンッ、チゥン、チゥンッ。 相手の人が猛スピードでこちらに向かいながら、手に持った二丁の拳銃を乱射してきている。 移動している私の足元に――追尾するように弾丸が当たってきている。 負け続けてきた私はバトルですっかり逃げ足だけは速くなったみたいだ。 全力で脚部スラスター、背部ブースターを作動させて、右方向に低空でブーストしていく。 相手の方はこちらに、後、数十メートルという所で私よりも、さらに加速し出した。 でも、相手の方は撃つわけでなく、左手の拳銃、厚い銃身で殴りかかってきた。 まったく無駄のない動きだったので、右手に持っていたぺネトレートクロー・烈でガードをするしか手がなかった。 「クゥッ!」 神姫素材で出来た歯を食い縛る。 ガンッ! と重たい音が響き渡る。 相手の方の顔を見る。 左目に眼帯をしているのに、なぜか妙に尖がったサングラスもしているムルメルティア型の方だ。 サングラス越しでもわかるぐらいに、記憶にあるイスカお姉ちゃんよりも顔の表情が動かない。 今もこうして私が力を込めているのに、ムルメルティアの方は、力をまったく入れていないが如く顔のパーツが変わらない。 でも、その堅い表情の口が突然開いた。 「……貴君はどうして戦う?」 「どうしたんですか。武装神姫がバトルすること、戦うことは当然です!」 答えながら、フェリスガンもぶつけ合わせ、相手の方の持つ銃身をはじき返した。 どちらも双方間合いを空ける。 ムルメルティアの方の、無表情の口から透き通るような声が聞こえ始めてきた。 「そうだな。……では、貴君はどうだろうか? バトルが辛そうだ」 「そんなこと……そんなことはわかっています! でも私が勝たないと螢斗さんが……」 「その名が貴君の上官か? よっぽど大切なんだな。武装神姫が自分の上官を大切に思うのは当然。だが……それでも貴君はどうしてバトルができないのかな?」 双銃を擦り合わせ、弄りながら問いかけてくるムルメルティアの方。 「これは私自身の欠陥です……検査しても見つからないようなバグを持っているだけ……です」 『シオン、そう言うなよ』 通信から螢斗さんの物悲しそうな声が聞こえてくる。 こればっかりは私もわからない。武装神姫は普通、バトル拒否なんて起こさない。だったら私自身に問題があるとしか……。 「本当にそうなのだろうか?」 「? ……何を言っているんですか、私にあるとしか。あなたは何か知っているんですか? この拒否反応を」 この方は私が考え付かなかった答えを持っているんだろうか。 「そうだな、バグの問題を考えるとしたらー……貴君の上官が問題かなー? フフフ」 「は……今……なんて……言いました」 突然間延びし出した声を出した相手の方から、私の耳に信じられないような答えが聞こえ始めた。 「だって、それしか考えられない。神姫の自分が言うのもなんだが、武装神姫は世界でも有名になりつつある機械人形だ。そんな簡単にバグは残しちゃあいけない。……だったら考えられるのは……持ち主が雑に扱っているからだ。知らず知らず、貴君はその螢斗という上官によって故障させられているんだ」 ピクッと私の肩のジョイント部分が動いた。 「持ち主の人間が雑に扱おうが、神姫のCSC性格決定によっては従順であることもある。貴君が想っていても、相手の人間はどうだろうか? 嘘を並べて、キミを無理矢理強いらせているのではないだろうか――」 「それ以上、喋らないでください」 『あれ?……ねぇ、シオンどうしたの。聞こえ――プツッ――』 私は普通は切らないオーナーとの通信装置の電源を切った。 相手の方の言うことを鮮明に聞くために。 「――人間は……嘘を平気な顔して喋るからな。武装神姫は少女のような姿をした可愛い人形だ。日本中のどこかを探せば特殊な性癖を持つ上官だっているだろう? そんな神姫たちを老若男女問わず、欲の捌け口にしていることもある。それで後天的にバグが出来てしまった。そんな所だろう。……だいたい、貴君の上官だって――」 「喋るなっ!!!」 ドゴォッ! と相手の頬を武器で思いきり殴った音だ。 私は起動してから初めて“言葉”を荒げた。 間合いなんて関係ない。その場から消えるような速度で、ぺネトレートクロー・烈を相手の顔目掛けて渾身の力で殴りつけた。 CSCが熱い。 怒りという感情が込み上げてきて私はそれに身を任せていく。 ムルメルティアは当たる寸前に身体を後ろに倒し衝撃を和らげていた。 それでも、完全に衝撃を殺しきれず片目を見開きながら数メートルは吹き飛んでいった。軍帽と掛けていたサングラスは左右に飛んでいき砂に埋もれる。 吹き飛びながらも、地面からすぐに仰向け状態から態勢を立て直した。 「い痛ッ……おや、怒ったのかな?」 「言って良いことと悪いことがあります。あなたは私のマスターを侮辱するという最大に悪いことを言いました。だから、私はあなたを――“壊します”」 「……ふ、神姫が神姫を破壊するか。バーチャルだから自分は物理的に壊れはしないのだが。まあいい……来い!」 私は高速で近づきながら連続にフェリスガンを発砲。相手は走りながら距離を空けつつ双銃を撃ってくる。 私は右に左と、ジグザグ飛行、フェイントをも織り交ぜながら弾を避けていく。 さっきまで相手側のスピードの方が速かった気がしたのに、今はこちらの方が圧倒的に――速い。 「うっ……やるな!」 相手も素早い動きを続けていっているが、こちらの銃撃をかわしきれず脚部、肩部と着々と当たっていく。 身体が軽い。相手がよく見える。弾を当てていける。不安、恐怖なんて一切ない。あるのは螢斗さんを侮蔑されたことへの怒りだけ。 ――私はこの神姫を倒す。 私はフェリスガンの基部分を取り外し、リアパーツ「バリスティックブレイズ」の背面キャノンに付くバレルをも外す。 「プレシジョン・バレル、セット」 これがフェリスガン本来の姿。 ライトガンである「フェリスファング」の銃口に「プレシジョン・バレル」を装着することにより、この武装はライフルとなる。 それと予備知識、この「プレシジョン・バレル」元来出回っているものではなく、劣化版だ。なぜなら、バレルにパーツとしてある「カタマランブレード」の刃が付いていないから。 撃つだけなら支障がないからと、前マスター凛奈さんが中古で買ったものということ。こういうのはしっかりしてほしいものだ。 私はぺネトレート・烈を仕舞い込み、両手でプレシジョンライフルを構え相手に狙いを付ける。 「いけぇッ!」 右手はグリップ、左手を細い銃身に添えて、“二回”引き金を引く。 プレシジョンライフルから放たれる銃声が同時かとも錯覚する二発の弾丸。 それは相手の持つ二丁拳銃を狙ったもの。 それが持っている厚い銃身に当たる。二発ともだ。 「チィッ!!」 二つの銃は相手の後方まで、交差しながら弾け飛んでいった。 だが、主武装を失っても諦めていない眼つき。腰元に備え付けていたと思われる二振りのナイフを取りだして来た。 それを構えて文字通り特攻を仕掛けてくる。 私は怒りを感じながらも冷静に見極め双刃の斬撃をプレジションライフルで盾にして防いでいく。 「サレンダーしてください。もうあなたに勝ち目はないです」 「く、……まったく甘ちゃんだな。戦いは最後までやるものだ!」 「そうですよね。では……」 プレシジョンライフルを乱暴に扱いながらも、私は足を軸にして身体全体を捻り、それで回転させる。 腕に遠心力を乗せて、相手を横から力いっぱい持っているライフルで殴りつけた。 「グァッ!」 今度は、相手は同じ轍を踏まず、衝撃によって武器を失わなかった。が、離しはしなかったが腹部を押さえて後ろに吹き飛ぶ。 「これで、終わらします! エクストリーマ・バレル、セット!」 私はリアパーツ「バリスティックブレイズ」にあるあと一つ、最後のバレルを取り外した。 プレシジョンライフルの銃口、のさらに先にバレルを装着。バレルを繋ぎ合わせ、装着することのできるフェリスガン最終形態。 「プレシジョンエクストリーマ・シューター」 エクストリーマ・バレルは本来“機関銃”だ。それを曲げて形態変化。 プレシジョン・バレルと組み合わせることで、その力を最大限発揮することのできる武装。 私は今出せる最速で相手を追いかけていき、吹き飛んでいる相手に同じ速度で縋り付く。 CSCのある近く、その胸部に銃口を押し当てた。 「一点集中! 貫けぇっ!!」 ステージ全体に響き渡るような気合いの一声の後、引き金を引く。 銃身がバレルで細長く伸びた銃から放たれる光線。それに加えてのゼロ距離の発射は、相手のアーマーをも無意味にし胸を貫いた。 相手の背中から見える橙の残光は、遥か遠くまで伸びていき消えていく。 「…………ふ」 相手の方はなぜか不敵な笑みを残して、姿は掻き消えていった。 後に残るは砂漠に吹く風と砂塵だけだった。 「ふぅ、終わりました。……あれ?」 我を少し忘れていたけど、もしかして私は初めて勝てた? そんな、実感が持てないまま、私も足先から消えていく。 消える寸前、砂漠のステージ全体へ機械音声が聞こえ出していた。 『WINNER シオン』 前へ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/518.html
再誕せし、哀しき神の姫(前半) 常連・田中の車に乗る事、およそ数十分。着いたのはM市である。 ロッテ及びクララ用の保全用部品一式を店から担ぎ出して、猪刈に 破壊された神姫の修復を手伝ってもらおうと、ここを訪れたのだ。 無論金は掛かるが、そんな物を惜しんで彼女を死なせはせんッ!! 「電話をした槇野だ!夕方なのにすまんが、頼めるか!!」 「はいっ、おにーさまが待っています!はやくはやくっ!」 「つ、ツガルタイプ?……分かった、案内してくれんか?」 そうして2人と3体の神姫で飛び込んだ先は、あの東杜田技研。 出迎えてくれたのは、レインディア・バスターに跨ったツガル。 話を聞くに、Dr.CTa女史は本業の方がアップアップ気味らしい。 女史の……会社の専門分野はマイクロマシン系。神姫ばっかりを 面倒見ている訳にはいかんしな……我が侭を、心中で詫びよう。 そして通された先にいたのは、一人の若き青年技術者であった。 「電話のあった槇野さん……ですね、待ってましたよ」 「あ、いや……オレは付き添いの田中っす、こっちが」 「此方だっ!私が槇野で、患者はこのストラーフだ!」 「え?!あ、え……ってそれ所じゃないか、この娘?」 懸命な判断だ。それは兎も角“あくまたん”は無惨な姿だった。 四肢は砕け散り腰は胴体からもぎ取られ、首も横にへし曲がって 絶望の表情を浮かべたまま、凝り固まっている……悪夢の様だ。 システムは完全破損する前に止めたが、いずれ崩壊するだろう。 その前にコアレベルから修復せねば、待っているのは“死”だ。 「CSCやコアにも物理的損傷があるかもしれん、頼んだぞ」 「……マイスター。データ破損は、停止前で凡そ36%だよ」 「え!?……わかりました。マーヤ、準備はできてるかい?」 「はい!おにーさま、早くこの娘を助けて差し上げましょう」 必要なパーツ……即ち研究所に今足りてない保全用部品を渡して、 私達は精密加工室の前で待つ事となった。使用中のランプが灯る。 手術の終わりを待つ家族の気持ちとは、こういう物かもしれんな。 「クララ。お前にしか出来ぬ事とはいえ、すまなかったな」 「ボクの力で姉妹の命が救えるなら、いくらでもやるもん」 「有無……ロッテ、恐らく蘇生後はお前の力が必要になる」 「はいですの……マイスター、わたしの責任もありますし」 「責任は兎も角、間違ってはいない。あの娘も分かる筈だ」 “あくまたん”のデータ崩壊を外部から阻止し続けたクララを労い、 これから彼女と真っ直ぐ向き合う事になるロッテを、励ましてやる。 あの一件、今頃何処かで騒動になっているかもしれんが放置確定だ。 今は“あくまたん”……いや、あの神姫の無事を一心に祈り続ける。 そして、田中を一度食事に送り出し……4時間、私達は待っていた。 「槇野さん、終わりました。どうにか一命は取り留めましたよ」 「おお!終わったか!?だが、“AIPTD”はどうなった?」 「……分かりましたか。まあ逢ってみればわかります、マーヤ」 本来なら喜ぶべき報の筈だが、私も彼……Mk-Zもいい顔はせんぞ。 経緯を考えれば、生き返った“彼女”がどうなったか予想は付く。 AIPTDとは“人工知性心的外傷症候群”の略称なのだからな。 案の定、二人の神姫の口論……否。より厳密には嘆きが聞こえる。 「い、いや……人間になんて逢いたくないよぉ……!」 「でも、ずっと此処にはいられません。さ、一度……」 「嫌だ、嫌ぁ!あたし壊される、また殺されちゃう!」 マーヤと呼ばれるツガルタイプに引かれ、“彼女”が現れた。 私が用意した、破壊に強い特殊強化型フレームと琥珀色の瞳。 これらは無事、“彼女”の欠損部を補うのに一役買った様だ。 だが救命救急を最優先した為、躯の塗装は継ぎ接ぎだらけだ。 とは言え機能的には十分であり、後の処理は私が行えばいい。 最大の問題は……そう、この通り。神姫の“心の傷”なのだ。 「……また逢ったな、生き返ってくれて本当に良かった」 「あ!?あ、ああ……あなたはあの時の……やあっ!?」 私の顔を見るなり、“彼女”は逃げようと走る。無理もない。 “彼女”にとって見れば、私はトラウマの種……“人間”だ。 しかも、バトルで負けさせ猪刈の本性をさらけ出した張本人。 万が一武装していれば対人攻撃抑制コードを振り解いてでも、 私を蜂の巣にしただろうな。神姫の“心”はそれ程深い物だ。 「……待って、わたし達は一度お話がしたいんですの!」 「きゃあっ!?あ、貴女は……あの時の、天使型神姫?」 「わたしは“戦乙女”。お姉ちゃんを迎えに来ましたの」 「お姉、ちゃん……あたしが、あなた達の?……えっ?」 ──────ならば“彼女”を抱きしめるのもまた、神姫なの。 次に進む/メインメニューへ戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/973.html
戦うことを忘れた武装神姫 その31 H市の駅から近い裏通り。 アクリル製の電飾看板に明かりが灯った。 だが、中の蛍光灯が切れかけているのか、なかなかきちんと点灯しない。 ・・・カウンター席が5つとテーブルが2つだけの小さなショットバー。壁一面には沢山のボトルが並べられ、それぞれの存在を示すかのように、電球の明かりに琥珀色の輝きを静かに、しかし美しく放っていた。 本日の選曲は、マスターの趣味で集められたCDコレクションからの80年代のジャズ。。。 と、ジャズのリズムに併せるかのように軽やかな炒め物の音が混ざる。カウンターの片隅でマスターが調理を始めていた。 今日の突き出しは・・・ナッツの炒め物。 カウンター上では、ひとりの神姫が伝票の整理を行っていた。白いボディはアーンヴァルと同じ塗り分けだが配色が空色と藤色。 そして・・・顔はストラーフ。 暗がりで見ればアーンヴァルとストラーフの組み換えにも見えるのだが・・・。 一通りの整理が終わり振り返った神姫の横では、調理を終えたマスターが炒め物を皿に小分けしていた。マスターがフライパンを片付け、神姫が伝票をしまい終えたとき。 キィ・・・。 古びた扉が開き、お客がやってきた。 「こんばんはー。」 胸ポケットには武装神姫、ストラーフが収まっている。お客は、ストラーフとなにやら楽しげに言葉を交わしている。 ・・・いつものあの人だ。 今夜も、楽しく長い夜になりそう。。。 「いらっしゃいませ。 今日はリゼさんと御一緒ですね。」 「こんばんは、マスターさん、お久しぶりっす!」 久遠のポケットからリゼが先に挨拶をした。 「今日はリゼさんだけですか?」 「こんばんは。 ・・・そうなんです。まぁ、メンテナンスの帰りとも言いますけれどね。 あ、まずはいつものをお願いします。」 おしぼりを受け取りつつ早速注文の久遠、リゼの足を拭いてカウンターに座らせる。 「いらっしゃいませ、久遠さん。」 マスターが久遠の注文に掛かると同時に、今度はカウンターにも並べられた酒瓶の隙間から声が響いた。 どこから声がしたのか判らず、あたりを見回すリゼ。 「ここですよ、ここ。」 再び瓶の間から、透き通るような声が。 久遠は、リゼのあたまをチョイと突付いて独特の形状のリキュールの脇を指し示した。 そこには・・・ 「え・・・神姫?!」 「こんばんは。貴女がリゼさん・・・ですか?」 「は、はいっ!!!」 突然名前を呼ばれて、背筋を正して座るリゼに、瓶の向こうに立つ細い目の神姫は優しい笑みを浮かべていた。 「何もかしこまる事はありませんよ。貴女のマスターの久遠さんから、よくお話を伺っておりましたので。。。」 マスターからマドラーを受け取りながら、 「私の名前は あずさ と言います。 以後お見知りおきを・・・。」 と、あずさ と名乗った神姫は小さく一礼した。 リゼも、つられて一礼。 マスターは二人を邪魔せぬように静かに久遠にジントニックを差し出した。 久遠も、黙ってふたりの様子を見ながらジントニックをすする。 興味深そうに、しかし不思議そうな面持ちで あずさ を見つめるリゼ。 同じ顔なのに。 何故、あなたは・・・。 「あのっ」 沈黙を破りリゼが口を開いた。 エプロン姿のあずさは、細い目をさらに細くするかのようにニコニコと小さく頷いて応える。 だが、リゼは次の言葉が出てこなかった。 再びの沈黙。。。 CDチェンジャーの作動音が響く中、たまりかねた久遠がリゼをつまみ上げ、あずさに紹介した。 「どうも、あずささん。 こちらが以前も何度かお話しました、ストラーフのリゼです。 ウチの4人の中では末妹に当たるのかな。」 「こ、こんばんは・・・。」 久遠に促され手の上で頭を下げるリゼ。 「私はこちらの店でマスターの補佐を務めております。」 と、あずさもぺこりと頭を下げた。 しかしまだ、無言で見つめ続けるリゼにあずさは静かに話しかけた。 「お顔や身体の見た目は貴女と同じですが、私、『武装』神姫ではないんです。」 その言葉に、 「えっ?」 目を皿のようにするリゼ。 「ふふ、エルガさんも、シンメイさんも、イオさんも。皆様、リゼさんと同じ反応をしましたよ。 あ、マスター。 リゼさんにアレをお願いします。」 マスターは 黙って頷くと、神姫サイズの器にホットレモンリキュールを注いでリゼに差し出した。 「冷めないうちにどうぞ。 こちらはサービスです。」 差し出されたホットを、リゼはひとくちすすった。 「おいしい。。。 こんなやさしい味のお酒、初めてっ!」 ようやく緊張のほぐれた顔付きとなったリゼに、 「私が神姫向けに選んだ味です。 もちろん、食事機能の無い神姫でも飲めますよ。」 と、店内のジャズを妨げることのない美しい声で語るあずさ。 「ありがとう、あずさ・・・さん。 あ、あの、さっき訊きそびれたんですけれど、あずささんはクラリネットタイプなんですか?」 「うーん、残念。ちょっと違うんですよ。 でも貴女、いい耳してるわね。 トーン落として話していても、武装神姫とは違う声と見抜いたんですから。」 「リゼもあずささんとほぼ同じ声帯を持っているんですよ。だからではないですかね?」 ジントニックを飲み干した久遠が口を挟んだ。 リゼは久遠と目を合わせると再びあずさの方を向いて小さく頷く。 「なるほど。 それでは私の事も少々お話をしましょうか。 ・・・の前に久遠さん、次はどうされますか?」 ジントニックを飲み干した久遠に次を促す。 久遠は考えることもなく、マスターの後ろの棚を指した。マスターは小さく頷くと、 「かしこまりました。ワンショット・・・残っていませんね。今、倉庫からお持ちします。」 と、マスターは後ろの扉から奥へと入った。 >>まだまだ夜は続くヨ!(その32へ)>> <<トップ へ戻る<<
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/337.html
戦うことを忘れた武装神姫 その1 ある日曜の昼下がり。昼飯に焼きそばを作ろうかと台所で準備をしていると。 かさっ 背後から何やら質量の小さい物が移動する音が。 と、 「・・・侵入者感知。レベル2に移行しますがよろしいですか?」 俺が振り向くより先に、テーブルに座る神姫が反応していた。 音の発生源を凝視するは、ウチが飼っている神姫の一体、吼凛型のシンメイ。 「レベル3まで許可する。 つーか、処理任せてもいい?」 「了解しました。」 俺がそう言うと、さくっと武装を装備し、蓬莱壱式を持ち出す。 シンメイが模擬弾を部屋の隅へと打ち込んだ。侵入者をおびき出すためだ。 弾を打ち込むや否や、黒い影が飛び出した。 「目標、確認しました。」 侵入者は慌てふためき、逃げようとする。相当足が速い。しかし。 「ターゲット、ロックオン・・・発射します・・・ ファイアっ!」 バシュッ! べちん!! 腕に構えた蓬莱壱式が火を噴き、侵入者を仕留める・・・も、実弾では無い。 「・・・ミッション完了。ヤマトゴキブリ一匹、仕留めました。」 自信に満ちた顔付きのシンメイの指す先には、粘着「泡」弾により捕獲されたゴキブリ。 「お見事〜! いやはや、ありがとう。助かったよ。」 「いえいえ、このくらいは楽勝です。『朝飯前』・・・と言えばいいんですか?」 「そう、正解。 シンメイもだいぶ学習したねぇ。」 「え、えへへ・・・」 照れながら武装の解除をしているシンメイの頭を、ちょいとつついた。 頬をちょっと赤らめ、頭を掻くその姿に・・・ 俺まで照れてしまった。 俺の日常の中に転がり込んできた神姫たち。 しかし、ここに居るのは戦うことを忘れた武装神姫。。。 >その2 へ進む> <トップ へ戻る<
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/503.html
前へ 先頭ページへ 次へ 交戦~十五分経過 1236時 11番コンソールルーム ディスプレイ上方に旅客機のアテンションコールのような「ポーン」という音とともにテロップが出て、マスターは大変なことになっている戦闘画面からなんとか視線を引き剥がして見た。 《レッドチーム、「航空支援カード」四十枚使用》 さらにカードの詳しい効果が続けて表示される。 《使用時の戦況に合わせた航空機を一枚につき十機召喚。効果発動までにディレイ五分。航空機は使用者の指揮下に入り、撃墜されるか燃料が尽きて墜落するまで稼動し続ける》 一度の使用枚数にも参ったが、優遇されすぎているのではないかとも思えるその効果にもマスターは度肝を抜かれた。思わず椅子を蹴って立ち上がりそうになった。 燃料切れで使い捨てるやつなどほとんどいないだろうから、つまり、撃ち落とさなければ次のラウンドも次の次のラウンドもあの吐き気をもよおすような数の戦闘機は延々と出撃し続けるのである。 四十人ものオーナーが、あらかじめ示し合わせたのか偶然に同時使用したのかは知らないが、多数対多数戦における物量の優位性を忠実に実行したのであった。そのおかげで、拮抗状態であった戦力差が、三倍というほぼ絶望的な状態にまで開いてしまった。 戦力の三割を損耗した時点で全滅、とはよく言う。というのも、残った戦力に相手側の三割り増し分が追加投入され、ドミノ倒し的にやられていくしかないからである。 たとえば十対十ならそれぞれタイマンが張れるから勝率は五分五分。が、十体七なら七の一人に十の三人が攻撃することになる。さらに続けて六の一人に十の四人が、五の一人に十の五人がかかるという風に、七側は一人頭相手をしなければならない戦力がどんどん倍加する。逆に十側はどんどん楽になる。どんどん袋叩きになってゆく。ここまで来るともはや雪崩である。十側の損耗を考慮しても七側の負けは揺るがない。 今がまさしくそんな状況だった。ちょっと違うのは、戦力は損耗したのではなく追加されたということだ。飲めねえやつが飲み会でビール瓶一本を担当されてこれならまあなんとか大丈夫だろうと安心していたら予定変更でさらに二本まわされてきちまった、とはケンの言葉だが。 「その三本のビールを処理するにはどうすればいい?」 『決まってんじゃねえか』 ケンは即答した。 『瓶を叩き割りゃアいいんだよ。ブチ切れてな。タマは存分に付いてんだろ?』 まさしく、とマスターは腑に落ちた。何も素直に全部飲み干す必要は無いわけだ。 ブルーチーム側も航空支援カードを使い始めた表示。が、発動までに五分の間がある。 その五分を持たせる。 少なくともたった一ラウンド目で制空ポイントをむさぼらせるわけにはいかない。それは皆同じ気持ちだ。たぶん。 マスターはサイドボードをセミアクティブにした。 ◆ ◆ ◆ BGM Contact(エースコンバットゼロ ザ・ベルカン・ウォー オリジナルサウンドトラックより) 1237時 諸島上空(VR空間) 無数のミサイルがマイティたちのすぐ上を通過した。 爆発。 オレンジ色の火の玉と散らばって墜ちてゆく被撃墜者の破片がある意味爽快な空になった。 大破を含め、戦闘不能、三十三体。生き残った手負いの神姫が基地へ下がってゆく。修理を経て戦線へ戻るのはかなりの時間を食う。戦力差がさらに開く。そんなことに考えをめぐらせている暇はしかしマイティ達には無かった。アラートが止まない。 通過したミサイルの何十発かがくるりと向きを変えてこちらに向かってきたからである。エルゴ飛行隊に落伍者はいなかったが、これでは間もなく変態は崩れて散り散りばらばらになってしまう。そうなると撃墜の危険は増す。 もっとも重武装のバーニング・ブラック・バニー、B3(ビーキューブ)が出遅れた。本当にどこかのSFの空中フリゲート艦のような巨体である。ヴァッフェバニーの本体は、船首で守り女神みたいに張り付いている。シエンのクリムゾンヘッドなんぞ目じゃない。そもそも、あの装備がメインボードに入るのだろうか? 無理やり入れたに違いない。なにしろハンガーではパーツごとに呼び出してその場で組み立てていたほどである。 エレベータには大きすぎて乗らないのでわざわざ後ろから外に出たのだ。 最初の一撃をよくも回避できたものである。 『うむむむむ。これはマズい。非っ常ぉーにマズいぞビーキューブ』 チタン合金製筋金入りの軍事オタクでエルゴでは有名なオーナーが、非常にわざとらしくうなった。 《イエッサー》 無感動にB3は答える。 『この思わずちゃぶ台を三回転半させてしまいそうなほどなマズさをほっぺたが落っこちそうなくらい美味くしろ。飛行隊に貢献するのだ』 《イエッサー》 修飾の多い命令が聞こえたかと思うと、突然B3の艦体中央両舷から何発もの迎撃ミサイルが飛び出した。それも弾体を直接ぶつけるのではなく、鋭利なワイヤーのネットをミサイル前方に展開する迎撃能力の高いタイプである。 空中にいくつものくもの巣が張られ、引っかかったミサイルがまとめて爆散した。だがすべてではない。 『ビーキューブ、お前の巨体を盾にするのだ。ミサイルの四、五発など蚊ほども痛くはないはずだ』 《イエッサー》 B3は急制動をかけ、その艦体を横倒しにする。巨大なスノーボードがブレーキをかけるような動き。 ボボッ、ボッ、ボッ! 左舷装甲にミサイルが命中する。が、B3の損傷はほとんど無い。 それでも打ちもらしがあり、数発がマイティたちのところへ殺到した。 B3は良くても自分たちは一発当たれば致命傷である。避けられない! 『マイティ、お前は戦闘機じゃないはずだ!』 唐突にマスターの怒号が来る。 「くう・・・・・・っ!」 両足を前に投げ出し、マグネティックランチャーを反転させ、前推力を進行方向に噴射。 そう、戦闘機にはできない急制動が、神姫にはできるのだ。 「やあっ!」 上半身をめいっぱい反らして、両腕の拳銃とライトセイバーのレーザーガンを撃ちまくる。 自分のほうに向かってくるミサイルを全部撃ち落とす。 マイティのやり方を見た飛行隊の面々も気がつき、同じようにミサイルを迎撃した。 避けるだけが能ではないのだ。 ここにおいてはただの飛行機よりも高性能なメンバーが勢ぞろいしているのである。 戦闘機など敵ではない。 《ヘッド、アームズ、ネーバル、反撃に転じます! チェスト、レッグスはビーキューブに集結して援護を。以後ビーキューブを前線基地に任命します。ビーキューブ、いいですね》 シヅが勇ましく指令する。 《イエス、マム》 オーナーに答えるのと同じようにB3は言った。 はるか上空を南に向けてレッドチームとその戦闘機が進軍している。目の前にいる混乱したブルーチームしか目に入っていないようだった。自分たちは撃墜されたものとしてみなされているらしかった。 《あいつら、もう勝った気でいる》 シエンの忌々しそうな言葉に、スノーボウが応じた。 《では、教育してやりましょう。アームズ、戦闘上昇》 アームズフライトが先んじて飛び立つ。この飛行隊で最も腕の立つ四体が、揃って雲を引いている。 《私たちも続きましょう》 《最高のタイミングで横あいから思い切り殴りつけてやるの!》 《ねここちゃん、それってヘルシングね!? あちしも好きなのよう。特にアンデルセン神父がねーえもうダンディで最高で強力で若本で・・・・・・》 《隊長、マンガ談義は後でいいから》 《《あとでいーから!》》 ねここの言葉にチェシャが口うるさく反応し、ネーバルのメンバーがたしなめるのをバックミュージックにして、マイティたちも戦闘上昇。 『ミサイルは存分に撃っていい』 「マスター、でも・・・・・・」 『一時間気が済むまで撃ちまくれるくらいのストックはある。とにかく、五分持たせるんだ。五分後にこちらも援軍を出す』 マイティはサイドボードに入れられたオフィシャルの箱を思い出した。あの中にはありったけのスティレットミサイルが詰め込まれているに違いなかった。リアルバトルなら消耗品のミサイルも、バーチャルならば何度でも使える。たとえサイドボードにある分をラウンド内に使い切っても、空母に帰るか次のラウンドには満タンになっているのだ。 「了解!」 ロックオン可能距離外であったが、マイティはミサイルを撃った。マグネティックランチャーも連射モードで撃ちまくった。あれだけ密集しているのだ。おまけにこちらからは腹を見せているも同然である。撃てば当たるとはまさにこのことだった。 セミアクティブになったサイドボードから次々とミサイルが翼に「生えて」くる。 マイティは撃った。敵編隊に衝突しそうになるまで。 BGM Comona(エースコンバット04 シャッタードスカイ オリジナルサウンドトラックより) 1240時 反撃 真下から殺到した予想外の攻撃に、レッドチームは反応が遅れた。その数瞬の遅れが大打撃に繋がった。 本当に不思議なくらい誰ひとりとして気がつく者はいなかった。神姫もオーナーも。みんな目の前の大戦果に見とれて、弱った相手にさらに打撃を与えようとこぞって前だけ見つめて前進していたのである。周囲を警戒するはずのエリント装備の神姫も、ほんのしばしの間だけその役目を忘れていた。 エルゴ飛行隊の位置取りは、偶然が混ざりながらも群集心理の隙を突いた見事な戦法であった。 油断だらけのレッドチームめがけ、ミサイル一斉発射の報復とばかりの、銃弾、砲弾、レーザー、ミサイルの雨が「下から」降ってきた。 《うあああっ!?》 《攻撃、真下から攻げ・・・・・・》 レッドチームにとっては本当に予想外の方向からの攻撃である。編隊は一瞬にして総崩れになった。 事態は自然と乱戦にもつれこむ。 《何が起こったの?》 《エルゴだ、エルゴ飛行隊がやった!》 事の変化を敏感に察したブルーチームの本体も、レッドチームの真っ只中に突入した。 ここにおいても戦力差は三割を若干越えていた。だがこと戦意に関しては、ブルーチームに圧倒的に分があった。 団体戦闘も、乱戦となると分からない。こと空中戦となると多くのランダム要素により、物量の優位力が弱まるのである。 広大なフィールドの中で、ただ一点だけが戦場と化した。 マイティは飛び交う無数の神姫と戦闘機に混乱し始めていた。 戦闘機は間違いなく敵だとわかる。 だが、神姫はどちらなのだろう? IFF(敵味方識別装置)が故障することはほとんど無いが、いちいち確認する暇が無い。かといってじっくり観察していたらあっという間に撃墜される。とりあえずミサイルロックオンができるのが敵なのだと単純に考えようとするがそれでも撃ったあとのミサイルが味方に当たる危険があった。ただの空中戦ではない。これは神姫同士の戦いなのだ。なだらかな線を描いて飛ぶ航空機的な機動だけではない。直角に曲がったり、いきなり反転して飛んだり、いろんなことができるのかもしれない。 だが思ったほど、マイティはそれを心配する必要は無かった。そういう独特の機動が上手にできる神姫がめったにいなかったのである。それをやろうとしたある神姫は、ほとんど空中静止に近い状態となり、ミサイルの良い的となって墜ちていった。 それらの機動が実は非常に高度な技であることに、マイティはしばらく気がつかなかった。何しろ自分はさっきミサイルを撃ち落としたときに、反射的とはいえ当たり前にやったのである。また飛行隊のほかの面々の何人かも、同じようにやっていた。 だから、誰でもできるものなのだと錯覚していた。と同時にマイティは、いつの間に自分がそんな技を見につけていたのかとちょっと得意になった。 『うぬぼれるなよマイティ。鼻を折られるぞ』 すると、そのことをちゃんと察したマスターに戒められた。マスターに隠し事はできないのだ。 ちょっと恥ずかしくなりながらも、マイティは集中することを怠らず、敵を追う。こういう乱戦で誤射はだいたい仕方が無いが、ブルーチームはそうも言っていられない。戦力差は開いたままだ。なるべく損失を抑えながら戦いたかった。勢いに乗りつつ、慎重に。 確実に差を減らしていけた。神姫はともかく、この乱戦下において戦闘機など敵ではなかった。そもそも真正面からぶつかり合うことが分かっている状況でカードを使った故に、現れた戦闘機はすべてMig-31Dなのだった。Mig-31Dとは超高速の一撃離脱に長けたミサイルプラットフォーム的な戦闘機(の2036年現在における改修型であるD型)で、格闘戦性能などほとんど無い。つまり全然乱戦向きではないのである。後ろについて、ロックオンもそこそこにミサイルなりマシンガンなり撃てば容易に撃破できた。もはや物量の優位は揺らぎ切っていた。ブルーチームは相手の神姫は極力無視して、戦闘機ばかりを狙った。 B3に乗った支援部隊はこちらに漏れ出した敵をあしらいつつ、蚊帳の外で状況を俯瞰し飛行隊に通達していた。 《こちらレッグス1、順調に差を縮めていけてます。このままだといいのですが》 《援軍到着まではあとどれくらいですか》 《あと二十二秒です》 「もうそんなに?」 夢中で追っては撃ち避けては撃ちを繰り返していたので、マイティはあっという間の時間の経過に驚いた。そして驚いている間に二十二秒が経ち、こちらの援軍が到着した。 乱戦という空戦において最も困難な状況に対応した、最高の戦闘機部隊が。 《こちらAWACS、コールサインは“スカイアイ”だ。お嬢さんたち、聞こえるか?》 1245時 援軍到着 ブルーチームの誰も、まさかNPCの援軍から話しかけられるとは思いもよらなかった。 前へ 先頭ページへ 次へ